それぞれの研究家に所説あり

佐賀藩銃砲沿革史書籍の中の砲身の実写真

戊辰の戦で実使用したアームストロング砲とはの研究最終纏めとして

各文献や意見により 実使用は砲身本国仕様 砲架佐賀藩武雄制作国内インフラに合わせたものに

後世に伝わる話として 佐賀藩内製の方が活躍との話があるが 多重構造の複雑な砲身 ベントピースと言う

薬室後部の蓋にて密閉し 砲身後部より貫通した開口部から 砲弾と薬嚢を装填 ベントピース内の発火薬にて

発射 弾丸は二本の鉛の帯 30本のライフル溝に何発かで鉛がつまり 暴発多発 馬関戦争の敵艦爆発は

長州砲の破裂ではなく自艦の暴発 本国もこの形式は廃止 南北戦争が始まり 南軍が購入したが

暴発は多く その後日本の戦争が始まり新式砲として輸入 当然の暴発 当時日本一の佐賀の技術者たちが

試作を繰り返し 砲身後部の補強 閉鎖器のバヨネット化(カメラレンズ取り付けのような)

何種か試作をしたが 構造の複雑さ等もあったのか その後この形式は見当たりません

真鍮で再現の模型は 1/6サイズ

英国方式の砲身

佐賀藩と思われる砲身

バヨネット式の閉鎖器部分砲身

三種を対比して制作

当時のアームストロング砲の全貌をかいまみる

当時の方は6听9听 12听の三種あり 6と9は砲身長はほぼ同じ 口径の大きさから

砲耳後部の窪みを太くしたものが9听なのかと推測しますが

本国実写真の6听9听12听全て 6听の砲身形態の物しか見当たりません

私見として佐賀藩沿革史の実写真は試作砲ではないかと判断 同じ形式でベントピースのないものもあり

又バヨネット式と思われる後部の写真もベントピースが無く まさに佐賀の後装砲として試作品だったのではないのかと思われます

 

 

 

 

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